ジャボイフットボールクラブ ランニング課

2015年10月 大阪マラソンにてサブ3達成
その後のトレーニングや日々思うことを書き留めて
行きます。

走力激減。

マラソンシーズンも終わり、昨日は久しぶりにサッカーをしました。
相手は2ランク上の強豪 高校で言うと選手権を狙える位には才能があり、そこから努力を惜しまない選手で構成されたチームです。
結果から言うと、個人的にほとんど何も良い所なく終了しました。


サッカーとマラソン 走るということは一緒ですが
前後斜左右に動く瞬発系のスポーツとマラソンでは、
重心が違う フォームが違う 使う筋肉が違う
ということを再認識させられました。


数か月間 マラソン用にトレーニングしてきた結果
遅筋は鍛えられているのでしょうが、速筋が減っているのだろうということと
重心が高くなってしまっている為に、ターンの1歩がとても遅くなってしまって
います。


そうなると、グランドで見える景色が全く変わって来ます。
相手の重心も、以前は見えていたものが余裕がなく、体のぶつけ合いということも
勘が鈍ってしまっていました。



ランニングに重心を置くようになったのは今の生活でサッカーに使える時間が
減ったからということも有るのと、自分の年齢は33歳サッカーで言えば長谷部やイニエスタと同世代 ベテランです。ここから劇的にうまくなることはないでしょう。
本当に考えさせられる1日になりましたが
やはり未だ どちらも続けていきたいので (どっちかというと サッカーは下手になりたくない。)。  
ボールを蹴る時間の確保は難しいですが、走るスポーツということには変わりないので
これからは ダッシュやターン等瞬発系を重視したトレーニングを再開しようと思います。









寛平マラソン ハーフ~ゴール。




寛平マラソン ブログの続きです。
ハーフまで 1時間23分20秒位  疲れは溜まって来ましたが
まだ走れる感覚は有るので、30キロまでキロ4ペース そこから少し上げて
最終 2時間46分前後という意識で走ります。
その為に、20秒程前方の3人列車30キロまでにおいつくべく、少しペースアップしました。


28キロ過ぎにやっと追いつき、後ろにつくと
ああ・・楽だ・・という感覚 後から考えるとおそらくかなり疲れていたのでしょう。
とりあえず35キロくらいまでついていって、そこから抜け出したいと思っていたので
集団がばらけないことと、スパートする人が出て来ないことを祈りながらの集団走になりました。
30キロを過ぎると、4人が3人に 3人が2人になり
キロ4ペースで引っ張ってもらっていても キロ毎 数100m毎に疲労がたまっていく
ことが分かりました。
そうなるとゴールまでの体力とペースの逆算で、下方修正していかざるを得ません。
35キロ 36キロと来た所に、反対レーンの集団から笑顔で手を振ってくる方が・・
正直誰か分かりません。只後々のこと考え 「お~!」と、さも分かったかのように手をふり返しました。マラソンあるあるです。。


37キロ過ぎ、引っ張ってくれていた方が少しペースアップし、それに対応することはできずズルズル距離を離されます。 
引っ張ってきてもらって、抜け出そう等と考えてしまってすいませんでしたと
心で思いながら、またも逆算していました。只、本当にペースが落ちていることは
分かっていたので、
(キロ4ペースからまだ1分貯金ある&1分遅れてもサブ50
 120÷5 キロ当たり4分24秒・・)
と、1キロ毎に計算していくことにしましたが
38キロ 39キロと それを考える余裕もなくなっていました。
最後の給水も、取る元気がなく、その後 脱水気味でのランに。。やはり少しペースが落ちてでも 吸水を取ることの大事さを感じました。
残り2キロの看板で、なんとなく キロ4分30秒以下のりきればサブ50できることは
分かりましたが、はっきり言って自信無し いつ足がツルかどうかとの戦いでした。
最後1キロになり、何とかもちそう& 頑張ればサブ50行けると確信。最後は精一杯
走りました。 
最終 芸人が実況しているゴールだったので、何かネタをやりながらとは思っていた
のですが(サブ江頭2:50ということで、頭からゴールにつっこむ等)
全く余裕なく、ヨロヨロで全く盛り上がらずゴールしてしまい、後からのランナーが
応援に応えていたゴールしている所を見て 少し後悔。。
只、嫁さんの両親が、我が子を連れて来てくれていたので
「ぱぱー!」とかけよってくる我が子を抱っこするという
かなり暖かい光景を見せてしまいました。


その後、早朝に並んでゲットした焼肉たむらのカレーを食べるべく並ぼうとしたら
100人以上の行列・・汗  ここは両親に甘えて、お昼を御馳走になりました。


 その後 子供と公園で駆け回って遊んで夕方帰宅後
 嫁から「イオンで買い物したい」ということで即外出しました。
 どちらかというと、そっちの方が疲れましたが
 ランニングは所詮趣味なので、その日は昼まで遊ばせてもらったということで
 家族サービスはして当然、仕方ないですね。


今シーズンは、タイトル通り寛平マラソンで終了し、
そこから体調不良も有り 1週間 ほとんど走りませんでした。
これから夏場は、サッカー中心にするつもりですが、やる気が出てきた時に困らないよう
月100キロ位は走るようにしないと・・。 おそらくブログ更新も少なくなりそうです。


さて、今シーズンは1レースのみでしたが、なんとなく長距離レースというのは
「資格試験」に近いように感じます。
サッカーとは違い 年間走れる数が少ない競技だけに
レース当日を、人生最速で走れるよう体を鍛えて心を尖らせて迎え、結果については
一生自分のものとして持ち続けるものになります。


自分が例えばこのまま暴飲暴食で20キロ太ったとしても、
マラソンをしていますと言えば、恐らく最初にベストタイムを聞かれ
3時間を切りましたと言えば、ある程度の人が 速いですね~と答えてくれる
と思います。


来シーズン、恐らく強度を上げれば 数分は早くなると思います。
只、なんとなく 別大のカテゴリー1や、琵琶湖を走るような潜在能力は
自分にはなさそうということも分かりました。


ランニングを続けていく上で、自己記録の更新というのは大きなモチベーションの
1つですので、やる気と覚悟が出るまで、とりあえず休憩です。。


ブログも更新頻度少なくなりますが、
最後 記念に ポチっと頂ければ幸いです。
 



  




























寛平マラソン スタート~

昨日教えてもらいましたが サブ50ってランニング業界では
サブ江頭(2:50)って言うんですね!


昨日に引き続き、備忘録として書きます。
スタートの号砲後、スタートラインまで26秒かかり、走り出しました。
※ここからは、ストップウォッチの関係上 ネットタイムで書きます。


タイムを狙う人なら誰でもでしょうが、最初の1キロのタイムは非常に重要です。
当初の作戦も、30キロまでキロ3分58秒平均ということで、スタート直後の渋滞地点、人をすり抜けながら
後々考えダッシュはしないよう、最悪4分30秒以内で1キロ地点を目指しました。
最初の1キロ 3分57秒 
そこからはなるべく抑えようと走りましたが、3分55秒前後で推移。
体感的には、やはりレースということでリミッター解除状態なので、ゆるジョグ感覚でも
3分台が出ます。 5キロ通過は、19分40秒前後でした。
前方の折り返しから、トップを独走する川内三男と猛烈な勢いですれ違い、何故こんな河川敷大会に・・と思ったら、大輔花子師匠の為、駅伝で参加していたそうです。


10キロまではそのまま体に任せて39分20秒位
その時点で、かなり周りの人口密度は減っていました。
100m程前方に、3人の集団がいて、とりあえず少しずつ詰まればと思いながら
イーブンペースで数キロ走っていると、後ろから片手にゼリーを持ったランナーに
ゆっくりと抜かされました。(おそらくポケットがないランパンなのでしょう。彼のことはゼリーボーイと呼ぶことにしました。)
そのゼリーボーイ、数10m先でペースを落とした為、並走することに。
ゼリーボーイ「今、どれ位のペースでしょうか」
ワタクシ  「3分57秒位です。」
ワタクシ  「なかなか前の3人 詰まらないですね。」
ゼリーボーイ 「まあゆっくり追いついていきましょう。」
なんてことを話しながら数キロ並走後
彼は少しずつ落ちて行ってしまいました。


ハーフ通過は1時間23分20秒位
やはり脳のリミッターは解除されていても体は正直で、
少しずつ疲労がたまっていき、頑張ってキロ4分ペースをキープしている状況。
前の3人に引っ張ってもらうべく少しずつ差を詰めようとするのですが
ここからはまた次回書きます。